我々は、
希望がひとかけらでも残っている限り、
繰り返し、繰り返し挑戦して、
絶対に、へこたれない。

by. ホセ・リサール.1861.6.19生 [フィリピンの英雄・医師]
ホセ・リサール名言Jose_rizal ホセ・リサール名言Jose_rizal
※左の画像は映画「ホセ・リサール」(独立100周年記念)
※右の画像は日比谷公園にある銅像

 

挑戦し続けること

それが挑戦である

挑戦がなくなれば、人は衰退する

だから日々挑戦し続けることがカギである

 


 

<人物紹介>

ホセ・リサール(1861.6.19-1896.12.30)

フィリピンの国民的英雄ホセ・リサール

 

フィリピン出身の医師、学者、著作家ですが、

独立運動家としての国民的英雄とされており、

(当時植民支配スペイン官憲により)処刑された

12月30日は、リサールの日と定められています。

 

海外留学等もしており、

20カ国語を話せた才能の持ち主。

医学はもちろん、絵画や彫刻、フェンシングなども

学んだ活発的な人です。

 

当時スペイン統制下にあったフィリピン国内での

差別と不遇に対して反発しており、

政治的独立を求める革命家ではなく、

国民の生活の改善等を求める改革者であることが

彼らのプロパガンダ活動に現れています。

当時発刊した雑誌

「ラ・ソリダリダード(La solidaridad)」には、

フィリピンはスペインの一地域であることを

方向性として示しています。

 

その他の彼の著書などによって、

彼の思想、思考を危険視したスペイン官憲は、

処刑を命じたということです。

 

彼は1988年に来日しており、約1〜2ヶ月間程

東京にいたため(?)、日比谷公園に記念としての

銅像が1961年に建てられたようです。

 

日本滞在中、「おせいさん」こと臼井勢似子さんが

ガイド役でお世話をし、日本についても色々と

教えていたようです。特に彼は、「赤穂浪士」について

興味をもったとか。

また、日本の民話「さるカニ合戦」と

フィリピンの「さるカメ合戦」について

論考を著しています。

 

マニラのホセ・リサール記念館には、

和服姿のおせいさんの肖像画が飾られているようです。

 

 

彼は、35歳の若さでこの世を去っていますが、

処刑される前晩に、妹に手渡した辞世の詩があります。

折角なので、その詩をココに。

ミ・ウルティモ・アディオス
(Mi Ultimo Adios,『我が最後の別れ』
翻訳;加瀬 正治郎氏

さようなら なつかしい祖国よ 大陽に抱かれた地よ
夏の海の真珠 失われたエデンの園よ!
いまわたしは喜んできみに捧げよう
この衰えた生命の最もよいものを
いや 生命そのものをささげよう
さらに栄光と生気と祝福が待っているなら
何を惜しむことがあろう

戦場にあって はげしい闘いのさなかにあって
人々は生命をささげたのだ ためらい まどうこともなく
そこがいかなるところでも ―糸杉 月桂樹
白百合の生うるところ
断頭台も広野原も 格闘も殉教の苦しみも
それらはみな同じもの
われらの家と祖国にささげられたもの

暁の光をのぞみ見て 私はいま死んでゆくのだ
ほのぐらい夜をつきぬけ 昼の光へ導くために
紅の色が乏しければ私の生命の血で染めよ
なつかしい祖国のために私の血はみな注ぎつくそう
黎明の光を鮮血の色に染めるため

私は夢みた はじめて生命のひらかれたとき
私は夢みた 若き日の希望に胸の高鳴ったとき
おお 東の海の宝石よ きみの晴れやかな顔をみる日を
憂愁と悲しみよりとき放たれて
きみの顔にかげはなく きみの眼に涙のない日を

わが生涯の夢 わたしの中の燃ゆるねがいよ
すべて来れ! いま魂はとび去ろうとして叫ぶのだ
すべて来れ! そしてきみたちが消えゆくことは美しい
きみたちは消えてゆくことに憧れているにちがいない
そしてきみたちの永遠の永い夜の胸にいだかれてねむれ

いつの日か わたしの墓の上の草むらに
きみが一輪の花の咲いているのを見つけたら
唇におしあて私の魂に口づけしてくれ
地下の冷い私の額は
きみのやさしさ きみの暖かい呼吸の力を感じよう

柔かな月の光を私の上に注がしめよ
暁のきらめく光を私の上に輝かしめよ
悲しい風の嘆きのうたを私の上にうたわしめよ
私の墓の十字架の上に一羽の小鳥のくるのを見たら
平和のうたをうたわしめよ
大陽をして空に水蒸気を立上らしめよ

そして清らかな天に向かって私の反抗を立上らしめよ
だれか心やさしい人あらば 私の非業の運命を嘆いてくれ
そしてしずかな夕ぐれに祈りをあげてくれ
おお わが祖国よ 私が神に抱かれて休らうことのできるよう

不運の死をとげたすべての人のために祈ってくれ
かぎりない苦難をうけたあらゆる人のために祈ってくれ
不遇の悲しみに泣いた母たちのために
夫を失い 妻を失った人たちのために
拷問の試練にあう囚人のために
そしてまた救いをうるであろうきみたちのために

暗い夜のとばりが墓苑をつつむころ
死者のみひとりめざめているとき
私の休息 ふかい神秘を敗らないでくれ
そうすればきみはきっと悲しいうたの反響をきくだろう
それは私なのだ おお わが祖国よ
きみにささげる私の歌なのだ

十字架も墓標もきえ去って
私の墓も忘れられるとき
鋤でならし 掘り返すにまかせよ
私の骨はふきちらされて消え去るまえに
きみの地上にしきつめられるだろう

そして忘却は 私を気にもとめないだろう
きみの谷間と平野の上を私がすぎゆくとき
きみの土地と大気を鼓動させ 清めながら
色彩と光 うたとなげきとともに私はゆく
私の抱いている忠誠をいつもくり返しながら

わが憧れの祖国よ
おまえの悲しみが私の心を悲しませるのだ
愛するフィリピンよ きけ
私の最後の別れの挨拶を!
私はすべてをきみにささげる 両親も血族も友人も
私は圧制者の前にひざまづく奴隷のいないところにゆくのだ
そこでは信仰の名によって人を殺すこともなく
神がつねに高きところに

私の心から引きはなされたきみたち皆よ さようなら
家から引きはなされた幼なじみの友たちよ
私は感謝しよう ものうい日々から免れたことを!
さようなら 私の道をてらしてくれたやさしいひとよ
すべての愛するものたちよ さようなら!
死の休息が待っているのだ!

 

 

 

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