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ヴォルテール
寛容とは何か。それは人間愛の所有である。我々はすべて弱さと過ちから作られているのだ。我々の愚かさを許し合おう。
これが自然の第一の掟である。
by. ヴォルテール.1694.11.21生[仏・哲学者・小説家]
本名:フランソワ=マリー・アルエ
(画像:Wikipediaより)

 

フランス哲学者ヴォルテール(フランソワ=マリー・アルエ)の寛容論

寛容とは何であるか。

それは人類の持ち分である。

われわれはすべて弱さと過ちからつくりあげられているのだ。

われわれの愚行をたがいに許しあおう、これが自然の第一の掟である。

…(中略)…

われわれがたがいに赦しあるべきことのほうがいっそう明らかである。

なぜならば、われわれはみな脆弱で無定見であり、

不安定と誤謬に陥りやすいからである。

抜粋:ヴォルテール『哲学辞典』

 

「寛容」の前提として、人間のもつ弱さと誤ち・・・これは

誰もが理解出来る資質で、時に欠点になるものだと思います。

 

弱さと過ちが、愚かなものかどうかは別にしても、

その弱さや過ちがあるからこそ、

人は許し合い、寄り添い、ともに生きていく術を身につけています。

 

ただ、それは一部の者に対してのみ。

 

未だに、子供から大人の世代まで、

いじめがあり、絶交があり、悪口・陰口や非難があり、嫉妬・妬みがあり、

パワハラがあり、DVや虐待があり、恨みによる報復があり、

時には犯罪行為へと悪化することもあるのです。

それが集合体になると、

民族戦争や宗教戦争があり、テロがあり、人種差別行為があり、

国家間のせめぎ合いがあったり・・・そこには

寛容という心のあり方が存在しないが如くに、

相手の価値観や立場、場合によっては存在さえも認めず、

除外しようとしているわけです。

 

弱さや過ちがあることを隠すように、

上辺だけの強さを誇張し、アピールし、豪語し、

相手を抑制、制御しようとすることも稀に垣間見れます。

 

自分の弱さと過ちを、受容出来ない結果なのでしょう。

 

 

「寛容」とは、

心が広くて、よく人の言動を受け入れること。

他の罪や欠点などをきびしく責めないこと。また、そのさま。

出典:デジタル大辞泉

 

自分と異なる意見・宗教を持っていたり、

異なる民族の人々に対して一定の理解を示し、許容する態度である。

出典:Wikipedia

 

 

昔は、「耐える」「我慢する」という解釈もありましたが、

一般化した「寛容」とは、「許す」「受け入れる」というようなことです。

 

「心の広い人」というのは、

「許す」「受け入れる」ための許容範囲が広い人であると考えれば、

その許容範囲というのは、

どれだけ多くの人と接し、意見や価値観の違いを感じ、さらには

多くの経験をし、自らも失敗や逸脱行為もあったりして、

善と悪を認知できている、見識がある状態で拡げることができると思います。

 

 

横井小楠地球上で一番大切なのは、
お互いにその立場を認め合い、
お互いがお互いをゆるす
寛容の心がなければならない。

by.横井小楠[熊本藩士、維新十傑の一人、儒学者]

 

 

 

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