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モノマネから出発して、
独創にまでのびていくのが、
我々日本人のすぐれた性質であり、
たくましい能力でもあるのです。

by. 野口英世.1876.11.9[細菌学者]
野口英世
(画像:Wikipediaより)

 

これは、日本の茶道や武道などで使われる「守破離」の思想です。

守破離

師の教えを守り基本を身につけ、

基本 + 個人の創意工夫で既存型を破り、

基本から離れて自分の世界に入り込んでいく。

 

……というものです。師弟関係に関わる、成長プロセスでもあります。

 

 

)は、モノマネです。

ようは、モデリング(模倣)のプロセスに該当します。

重要な時期であるということです。

日本の歴史の中で、このモデリングは大きな意味合いを持っています。

そこから、日本独自の成長、発展、進化をもたらしてきた

多くの事実が、現在の私たちの身近(周辺)に数多くあるのです。

 

西洋文明、中国・南アジア文明のモデリングからの独創的進化は、

日本人の得意なところであることは間違いありません。

これを和魂洋才」とも言います

 

 

しかし、

最近では、このモノマネや模倣といったことに日本人は抵抗があるようで、

いかにもモノマネや模倣が恥ずかしい行為であるかのように、

基本的なことさえもできない人が多々います。

 

逆に、

「モデリング」という小手先テクニックを強調し、

誰でもできる、再現性のあるビジネスだという謳い文句で、

その伝授をネタに小遣い稼ぎをしている人達もいます。

 

前者も後者も、「守破離」の「守」のみに囚われ過ぎて、

次のステップへの繋がりが欠けているようにも感じます。

 

「守破離」が師弟関係から生じた思想であると考えれば、

「守」→「破」→「離」という成長プロセスになっているのは

誰しもが理解できる事実の戦略法であるわけです。

 

 

さらに、最近の傾向として、

師の時間を有効に使えない・・・ということも実際にあります。

特に「匠の技」的な技術というのは、

その師なる人が、30年、40年、50年と生涯をかけて培った、

失敗と成功を凝縮させた最高の技術が目の前にあるにも関わらず、

たった数年の経験のみで自立できるか如くに、

「自分で考えてやっていきますよ」

と師から離れていくのです。

 

30年、40年、50年かけないと経験できないようなことも

師に教わることで、数年でその師を上回ることが出来るにも関わらず、

一過性の感情のみで、中途半端な「守」から「離」に飛び級してしまうのです。

 

本当に勿体ない話しです。

 

 

師(メンター)が目の前にいるなら、

その師(メンター)から多くのことを学び、

そして、「破」「離」へとプロセスを進むべきだと思います。

 

もし、

師(メンター)がいないのなら、

師(メンター)を探すことから始め、モデリングをすることが有利です。

 

ただし、

モデリングは次に繋げるファーストステップであって、

いつしかオリジナリティを出す必要があります。

 

そのオリジナリティというのは、

自らが創り出した「価値」あるものであるということ。

 

それなくして、成功はあり得ないと思うのです。

 

本当に価値のあるオリジナリティというのは追随者が出て、それをやるのが、いずれ当たり前の空気になって、最終的には誰が始めたか分からなくなるようなものなんです。
でも、これを見つけるのは全く予測不可能なんですよ。

by. 平田オリザ(出典:Biz Collegeより)

 

 

 

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