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「変わりたい!」

 

と願う人の中には、

行動する人」と「行動しない人」がいます。

 

「行動しない人」の理由、2つの視点

 

行動しない

行動しない人」の理由として、行動の結果(失敗)に対する「不安」「恐怖心」、未知(未経験)の世界に対する「不信」「不安」、あとは怠惰性や先延ばし習慣などが挙げられます。

これだけではありません。

先ほどの理由となるものは「個人的なもの」です。これを自ら打破しないということは、「変わりたい」という気持ちより、

変わりたくない」という決意が強い、と判定できます。

「変わらない」自分でいるほうが、楽(ラク)だからでしょう。

この場合のラクとは、ラクをしたいという意味より、コントロール(扱い)しやすい、という意味合いです。

今までの自分であればコントロールしやすいですが、変わってしまう自分をコントロールするのは、これまた大変な作業だと感じているわけです。

 

さらに、
行動しない人」のもう一つの観点。他者(社会)との関係によるものです。それは、「自分だけ変わる抵抗感」です。そして、「自分が変わることでの他者の視線と評価」が気になるということです。

 

このように、「個人的因子」と「社会的因子」が「行動しない人」の理由になると考えることができます。理由は個々人様々ということになります。

となると、
「行動しない人」にアドバイスをするとすれば、その人に合わせたアドバイスをしなければならないということです。(これは、コーチングの基本なのですが・・・)

 

さて、
後者の「社会的因子」を考えると、これは社会での役割、地位、人間関係性などが強固な人にあり得ることです。(社会とは、自分以外の他者で、家族も含めます。)

社会的な関係性、いわゆる社会的絆を「ソーシャル・ボンド」と言います。

※ジェームズ・ボンドとは関係ありませんよ(笑)

ジェームズボンド

 

社会に対する愛着、関わり合い、規範観念などが存在し、家族、友人、地域、社会への自分のあり方を、その中に置いていることで、「自分は正しい」と思い込んでいる状況です。

間違っていることではないので、「自分は正しい」と思っていること自体はいいのですが・・・。

 

ここで「ボンド理論」について話しをします。

※このボンドではありません。

 

 

ボンド理論

 

この理論は、逸脱的社会学の考え方の一つです。(主に犯罪心理学で使われるのですが・・・)

「なぜ、逸脱するのか?」という観点ではなく、

なぜ人は逸脱しないのか?

という反対の問いから理論づけたされたものです。

 

(訳)
「逸脱を当然のこととし、同調こそが説明されるべき事柄だとするのである。」

 

つまり、「ソーシャル・ボンド」があるために、逸脱しないのだということです。

ただ、・・・
この時に「逸脱行為」というのが、どこを基準にして「逸脱行為」なのか・・・という疑問が起きます。

「逸脱行為」をしないから正しいのか?
「逸脱行為」は悪なのか?

例えば、
制限速度50キロの道路で、多くの自動車が時速80キロで走行しています。逆に制限速度50キロで走行すると、煽られたり、クラクションを鳴らされたり・・・。

例えば、
サッカーの試合で「チームプレーが大事だ」と言われますが、一人でドリブル突破していく行為・・・はどうなのでしょう?
点が取れたらOK? 取れなかったらNG?
マラドーナならOK? トゥーリオ(闘莉王)ならNG?(笑)

例えば、
ゲードボールをしているご老人たち。負けたチームは勝ったチームにジュースを奢るという賭け。
一人のご老人は、賭けを嫌がって拒否したら、次からゲートボールに呼ばれなくなった。

 

どっちが正しいのか? 悪なのか?・・・

 

 

ボンド理論」は、
「逸脱行為」の善悪を定める理論ではないのですが、単純に人は、大半の人たちと同調することを当然のように思う「ソーシャルボンド」が存在し、それ以外は「逸脱行為」的に判断してしまう傾向が強いということが理解できます。

その同調から外れる行為が、善悪という概念ではなく、多数or少数または個人という意味で阻害されてしまう社会構図の中で、自分が生きていく上でのあり方を大衆(多数)に合わせる・・・という行動が、「行動しない人」の因子ではないかと予想がつきます。

しかし、
業界によっては、その「逸脱行為」によって、イノベーションを起こし、ベンチャー等のスタイルも生まれ、今でも学生起業、主婦起業、さらには、企業内起業などをする人も増えてきています。

その「逸脱行為」(逸脱的行為が適しているかも)は、その人の中に、「目的」や「信念」があり、自分をコントロールできる状態(行為)であるわけです。

ということは・・・
目的や信念、そして自分をコントロールできる情熱や能力があるなら、周囲を説得できる要素を備えている可能性があります。

 

行動できない人」は、
「ソーシャル・ボンドがあるから行動できない」ではなく、主体的な自分の目的、価値観をもとに、

新たな「ソーシャル・ボンド=社会的絆、社会的役割」

を見出だすことが出来るのなら、「周囲の視線や評価」を意識せず、「周囲に意識させ、評価をしてもらう」ことによって、成長し続ける環境の創造も踏まえながら「逸脱行為」に臨むことが出来るのではないかと思うのです。

それは、スタートする前は「逸脱行為」と見られても、スタートすれば、「応援される行為」変わるのではないでしょうか。

 

考え方次第ですね。

 

 

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