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学問的鍛錬を欠く人間が、必ず陥る傾向が六つある

 

孔子は、このように訓戒しています。

ここでいう学問とは、教科書などでの勉強ということではなく、「問いに対する応えを得る(導く出す)知(智)」と考えています。

「鍛錬」とされているのは、暗記するような学問ではなく、思考・知性・理論・哲学・心理などに結びつくようなものであり、日々実践の中で磨き、研ぎすますようなものでなければならない、からだと思われます。

 

では、学問的鍛錬を欠くことで陥る「六つ」とは・・・を確認しましょう。

(以下、「現代の帝王学」参照)

現代の帝王学

 

 

仁を好みて学を好まざれば、その弊は愚

 

学問によって鍛錬されていない愛情は「盲目の愛」「愚者の愛」。

例えば、恋愛は理性以前のものですが、一歩でも理性的に近づけようとするところに恋の美しさがあります。理性は、知性によるものです。

 

知を好みて学を好まざれば、その弊は蕩

 

「知識」だけ身に付けても、それは単なる物知りです。

「知識」に、人格・経験などが絡み合い「見識」になります。さらに、知識や見識を基に決断力や実行力を伴うことを「膽識(=胆識たんしき)」。この膽識」を養うために、学問が必要であるということです。

 

信を好みて学を好まざれば、その弊は賊

 

学問を伴わない信義は、ヤクザ界の仁義と同じです。

 

直を好みて学を好まざれば、その弊は絞

 

率直単純が好きな人に学がないと、偏狭な正義感からくる自説を他人に強要してしまう傾向が・・・。

また、言ってはいけないことを軽々しく口にすること、言うべき所で黙っていること、相手の気持ちなどを考えずモノを言うこと・・・これらを戒めるために学問が必要です。

 

勇を好みて学を好まざれば、その弊は乱

 

勇ましいことが好きであっても、学の心得がないと秩序を乱すという弊害が生じます。

「事に臨んで懼(おそ)れ、謀を好んで成る」ことこそ真の勇気です。リスクマネジメント的なイメージでしょうか。

 

剛を好みて学を好まざれば、その弊は狂

 

強気一点ばりで学による反省や節度がないと、狂という弊害が生じます。

制御できない状態になるということです。

 

 

学問というコトバに抵抗がある人は、

教育でも教養でもいいと思います。

「知」があるかどうかで、

思考や行動、品性が大きく変わってきます。

 

一方は「これで十分だ」と考えるが、
もう一方は「まだ足りないかもしれない」と考える。
そうしたいわば紙一枚の差が、大きな成果の違いを生む。
by. 松下 幸之助

 

 

テーマである「原理原則」について、

知るか知らないかでも、

大きく人生のあり方が変わるということが、

言えるのではないでしょうか。

「学ぶ」ということは、

それだけ重要なことだということです。

 

その「学び」によって得られるものが、

さらに次の「学び」を得ようとします。

「学び」の連鎖が起き始めるのです。

 

学べば学ぶほど、自分が何も知らなかった事に気づく、
気づけば気づくほどまた学びたくなる。

by. アルバート・アインシュタイン

 

 

しかし、

「学び」が重要であると感じている人でも、

色々理由をつけて動こうとはしません。

例えば、

時間が無いとか、お金がないとか・・・。

 

金がないから何もできないという人間は、
金があってもなにも出来ない人間である。

by. 小林 一三

 

 

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