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雨宮敬次郎
快楽は求むべきものではなく、
自然に来るのを待つべきものである。
しかしそれは働いて待つべきものである。
by. 雨宮敬次郎.1846[日・実業家]
(画像:Wikipediaより)

 

「快楽」は、欲求が満たされた時に得られる感情、状態です。

「快楽」には、動物的なものと、価値的なものとあります。

 

「快楽」を求めることは人間にとって当然のことなのですが、

動物的(身体的)な快楽の場合、満たされ過ぎると「不快」へと変わります。

また身体的な「快楽」に溺れると、依存症となります。

 

これは、

本来この手の快楽に関わる欲求は求めるものではなく、情動的なものです。

無意識的に出てくるものだということです。

ですから、コントロールすることが出来ます。

 

精神的な快楽は、

自分の目標や価値追求の中で達成される時に生じる快楽です。

 

こちらは、求めていく快楽であると判断できます。

 

「快楽主義」で有名なエピクロスも、

肉体的快楽は苦であり、精神的快楽を重視しているようです。

 

 

さて問題は・・・

 

快楽は「幸福」につながる要素なのですが、

なぜ幸福感を感じる人が少ないのでしょう?

 

快楽を好む人間であるのにも関わらず、

不快である状態、状況に耐え忍んでいることが多いのです。

これでは、ストレスになっても仕方がありません。

 

そこに、目標や価値追求があるのでしょうか?

 

1日の大半はシゴトに時間を費やします。

それに対して、目標の達成、価値追求が出来ているのでしょうか。

 

出来ていない場合、

快楽より不快になる状態が長く、そこに幸福感は味わえません。

 

結局、動物的・身体的な快楽を求めていくしか無いような気がします。

 

 

快楽を求めることは人間の本質でもあります。

その質を高めることも人間側であるということです。

 

 

 

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