苦悩は人を道徳的に強くし、人間性豊富にするばかりでなく
人生の価値に対する洞察を深め感覚を鋭くする。
苦悩を味わい、苦難に堪える者にしてはじめて生存の深みを知り、
深く人生を生くることができるのである。
 by. 天野貞祐.1884.9.30生[神奈川/哲学者・教育者]

(画像:世界面白画像より)

 

『苦悩』・・・苦しみ悩むことです。

 

これだけにフォーカスすると、

回避したいことであり、経験したくないと思うことでしょう。

 

しかし、

生活していく上で、仕事をしていく上で、

『苦悩』がないことはないというのが多数の意見であり、

詩人リケルのコトバを使うと、

「苦悩を引き受けない人間は死んでいる・・・」

と言われているように、

生きている以上、「苦悩」は必須的課題だということになります。

 

そして、「苦悩」には意味が存在し、

その意味がなくなってしまった場合、

その「苦悩」は「絶望」へと変わると言われています。

 

これは、ユダヤ人であるフランクルが、

ナチスの収容所での過酷さを体験したことで考えた公式、

絶望=苦悩−意味』のことです。

 

また、

心理的に「苦悩」は「悩み」より苦しいものであり、

「苦悩」がさらに厳しいものになると「苦悶」になります。

 

ですから、「悩み」の次元よりさらに苦しい状態になる「苦悩」は、

道徳観、人間性、洞察力、忍耐力などが向上し、

人生に厚みをもたせ、価値を創造し、豊かになるための

大切なプロセスであり、要素(栄養素)であると言えるのでしょう。

 

 

ただ、

「苦悩」から逃げている人は多いと感じます。

「快楽」「楽(ラク)」に溺れる人たちです。

 

苦悩に負けることは恥ではない、

快楽に負けることこそ恥である。

by.ブレーズ・パスカル

 

人が、「快楽」と「苦悩」を経験していくのは、

そこにギャップがあるからです。

 

「ラク」のみを選択する人は、

そこに「快楽」も「苦悩」も感じません。

「快楽」もそれなり欲求を満たす要件が必要です。

人によっては、

「ラク」が続き過ぎると、そのマンネリした状態、

いわゆる暇である状況が、逆に「苦悩」になる場合もあります。

ですから、

仕事が嫌になって辞めたとしても、

仕事をしない日が続くと「苦悩」の日々になり、

また仕事をし始めるのです。

 

ということは、

人は「苦悩」を経験することで「快楽」が大きなものになり、

「快楽」を経験すると、「苦悩」が時がやってきて、

そしてそれを乗り越えようと思考をこらすのです。

 

ようは、

「苦悩」を知らない人は「快楽」を感じないということにもなります。

 

悪がわれわれに善を認識させるように、

苦痛はわれわれに喜びを感じさせる。

by.ハインリヒ・フォン・クライスト

 

 

フランクルは、人間を「苦悩する者=ホモ・パティエンス」と呼びました。

「苦悩」するからこそ、人間であるとしたのです。

 

「苦悩」することで人は成長することができます。

「苦悩」には「意味」が存在します。

その「意味」を意識し、その「意味」を自分の中の血肉とすれば、

多くの経験によって、豊かな人生を送ることができるのではないか・・・

 

と思うのですが、如何でしょう?

 

 

 

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