われわれが進もうとしている道が、
正しいかどうかを、
神は前もって教えてはくれない。

 

 

神が教えてくれているのは、

「行動」すれば必ず「結果」がある、という原則。

 

何もしない・・・ということは

生きている人間には出来ないことで、

寝てようが、絶食しようが、喫煙しようが、

勉強しようが、仕事をしようが、

必ず「結果」が伴う、ということを

理解しておく必要があります。

つまり、因果関係ですね。

 

ただ「結果」という先の状態・状況などは、

分からるはずもなく・・・。

ですから、

「結果がどうなるか」などと思い悩み、

心配することは、ある意味ムダであり、

余計なエネルギーを消費していることになります。

 

しかしながら、

”私”の「行動」による「結果」は誰にも分からないことであって、

他の人の経験上の「結果」について確認しておくことは、

やぶさかではありません。

その人の「行動」によって生じた「結果」は

その人の「結果」であり、「私」も同じ結果になる、

とは限りませんので、参考程度に、です。

アドバイスにもなるでしょう。

リスクマネジメントの情報になる、というわけです。

 

その人だけの経験上の「結果」のみで、

「やめておけ!」

「大丈夫だからやってみたら!」

などと言われた場合、準ずる必要はなし。

もし、それだけで自分の行動を選択するなら

「依存的」であると言えます。

 

経験上の「結果」が、一人ではなく複数・多数の場合、

それは参考程度という次元よりも、

一種の情報・データになります。

蓄積されたものなら、歴史的資料になりますし、

それが共通データなら、「原理原則」に近くでしょう。

 

「悪いことをしたら罰せられる」

「毒物となる動植物を飲食したら死ぬ」

「愛することは、愛されることである」

「人の役に立つことで、人は喜ぶ」

・・・などは、

一人で経験の結果ではなく、これまでの歴史の中で

語り継がれている「原理原則」なわけです。

 

つまり、

「行動」しようとする「結果」が総合的に判断できる場合、

神から教わった云々というより、

人類上歴史的ビッグデータによって知ることができる、

と言えます。

 

原理原則」を知ることは、とても大事なことなんです。

 

著「現代の帝王学」の中で、

「原理原則を教えてくれる師」を身近におく必要性を

強調しているのは、理由があるんですね。

 

師を探すことは大変ですが、

現代に生きる人でなくても、本からでもいいそうです。

だから、本を読むことも大事、というわけですね。

 

 

「私」の「結果」を良くするためには、

出来る限り学び、理解し、準備し、行動し、

その「結果」が良くも悪くも検証し、

次に活かせば、それが知識となり、知恵へと変わりますので、

さらに良い「結果」へと繋がっていくと考えられます。

 

「成長」して得することはあっても、

損することはないということです。

 

 

 

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