常に新しい物を欲しがる。
おいしい物ばかりに目移りする。
身の丈以上の生活を求め続けている。
そして子供には過度の期待をかけ、
能力以上の成果を望む。
果たして、そこに
本当の幸福があるのでしょうか。
by. 山田洋次氏.1931.9.13生
[大阪/映画監督・脚本家]
(画像:映画.comより)

 

 

の丈以上のものを望むことは

悪いことではありません。

 

ただ、

の丈以上の生活をすることはナンセンスです。

悪循環が起こるでしょう。

 

の丈を理解していない人が多いように思えます。

それはそうです。

身の丈というものを教わっていませんからね。

 

は、身の丈とは何を基準にするのか・・・。

一番分かりやすいのは収入でしょうか。

 

かし、

収入があっても身の丈に合わない人がいます。

それは自己管理(コントロール)、礼儀(マナー)、

人格的なものがずさんな人・・・

稀に、その場に適さない人がいます。

 

があるというだけで、

金を見せびらかし(自慢し)、

金で人をコントロールし、

金があれば怖いモノなし的な人です。

 

営者の中では、器ではないと判断されます。

身の丈を知らないので失敗をしてしまうのです。

 

の丈とは、自分そのものを理解しているか・・・

ということになるのでしょうね。

 

解しないで、そのまま生きていくと

いつの間にか側から人が離れていき、

幸福から遠ざかるかもしれません。

 

 

供に「期待」をかけ、

成果をもとめることは良くありません。

 

供に成果を求めるなんてナンセンスです。

 

前、

「期待」と「信じる」の違いについて語りました。

コチラの記事

 

待」ではなく「信じる」ことです。

「信じる」は、成果の有無関係なく、見守ることで、

子供の成長を願うものです。

 

かし、現実的に大抵の親は子供に「期待」します。

子供のためではなく、親の希望や理想のためです。

 

のイイ子供の親

サッカーの上手い子供の親

礼儀正しい子供の親

難関大学に行っている子供の親

立派な社会人になった子供の親

親のために子供が家を建ててくれることを願う親

老後を安心して暮らせるように子供に願う親

・・・・

 

供だから当たり前だ!」という親もいます。

「そんなことはない。子供のために期待するんだ。」という親。

 

ては親の思い過ごしです。

子供を親の目的のために手段にしている傾向があるわけです。

 

 

んな関係において、幸福はやってこないかもしれませんね。

 

 

 

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