自由とは、まず第一に
私自身からの自由である。
(画像:Wikipediaより)

 

自らの解放」・・・と考えます。

 

「自由」を望むということは、

現在「自由」ではないということです。

別の言い方で、

「奴隷」「束縛」「拘束」「監視」「枷(かせ)」・・・

という状態・状況を現しているのでしょう。

 

昔の奴隷制度や戦争時、犯罪あるいは独裁主義的環境などであれば、

現実的な拘束されている不自由な状態もあり得るので

「自由」を求めるのは分かります。

しかし、そうではない状態の場合が殆どのはずです。

 

では、なぜ多くの人は「自由」を望むのでしょうか?

なぜ「不自由」なのでしょうか?

半分生きているということがありえないように、
半分自由だということはありえない。
 by. スカルノ氏 [インドネシア共和国初代大統領]

 

同じ環境にいながら、「自由」を感じる人、「不自由」を感じる人。

 

違いは「心」のあり方です。「脳」の使い方です。

 

だから、「私自身からの自由」なのです。

私自身の中に持つ「奴隷」「束縛」「拘束」「監視」「枷(かせ)」・・・

これらを理解し、脱出する方法を学び、そして行動する。

これが「自由」へと繋がります。

 

「自由」か「不自由」かを選ぶのは、私自身であるということです。

これは、「選択の法則」によるものです。

 

「どのような人間になりたいのか」は自分で決めることが出来る

(出典)ロイス・クルーガー著書「8つの鍵」より

 

 

先ずは、「今の私」と「今の不自由」を理解すること。

ここから始まります。

 

 

一つ例えとしての話しです。

 

私は「できない」と思っている人がいます。

「できない」が口癖のように、すぐに「できない」で片付けます。

コトバに発しなくても、常に心の中で

私は「できない」と念じるかのようにしている状態です。

 

それをアドラー心理学的に言うと、

「できない」ではなく、「やりたくない」が正しいのです。

 

(本当はやれるけど、やりたくないので)「できない」と言います。

(やったことがないことは、挑戦するのも勉強するのも嫌なので)

「できない」と言います。

 

私自身の中で「奴隷部屋」「枷」などを作っている状況です。

それは低レベルの欲求、感情によるものです。

 

「できない」理由は、不可能という概念を除けば、

それほど数多くありません。

ですから、「できない」理由は多くの方が類似しています。

 

(お金がないから)「できない」

(時間がないから)「できない」

(知識・能力がないから)「できない」

(経験がないから)「できない」

(仲間がいないから)「できない」

・・・・など・・・

 

聞き覚えあるでしょう。

これは自分の中に作り上げた枷です。

これらは逆を返せば、

(お金があれば)「できる」

(時間があれば)「できる」

(知識・能力があれば)「できる」

(経験があれば)「できる」

(仲間がいれば)「できる」・・・

と解釈できます。

 

「できない」という枷を外すのは私自身です。

枷を外さない限り、そこから飛び出すことができません。

「不自由」のままだということです。

 

 

自由」になれないのは、心の「あり方」なのです。

 

先ずは、「私自身からの自由」を求めましょう。

 

 

 

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