信じてただけさね。
信じると期待はちがうんだよ。
期待は見返りを期待すること。
かけたほうも、
かけられたほうもつらくなっちまう。
信じることは、そうじゃない。
相手が幸せになるように
想ってあげることなのさ。
 by.高橋しん.1967.9.8生
[北海道/漫画家]のいいひと。より
(画像:yomiuri-onlineより)

 

信じる」こと・・・

それは、温かく見守っていることです。

 

期待する」こと・・・

それは、自分の虜にしてしまうことです。

 

例えば、

親子関係、学校の先生生徒の関係で考えてみます。

 

そこに「期待」というものは必要なのでしょうか。

 

ただ、親や先生の理想とするものを

子供・生徒に押し付けているだけではないでしょうか。

 

子供・生徒が、親や先生の理想、望み通りの結果になってくれれば、

自分たちに箔が付きますし、自分たちの快楽に繋がります。

 

心理学的にもそのように解釈されるでしょう。

親・先生の快楽を得るための手段として、

子供・生徒を利用しているだけ・・・ということです。

 

この関係での「期待」は不要なのかもしれません。

 

子供、生徒が「やりたい」(善が前提)ことであれば、

それを「信じて」見守って上げる、

サポートしてあげることが

本来の親子関係、先生生徒の関係ではないかと考えます。

 

子供、生徒を潰さないために。

 

 

たまに「信頼」と「信用」の違いを聞かれます。

 

これも同じような感覚なのですが、

 

信頼」は、条件なしに「信じる」ことです。

 

信用」は、条件付きで「信じる」ことです。

 

「信じる」ことと「信じられる」ことの難しさを踏まえながら、

見返りのない、条件なしの「信じる」を本当の意味で

備えることが必要だと考えます。

 

それが、アドラー心理学でいうところの

共同体感覚」へ向かう入り口なのかもしれません。

 

 

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