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教育と教養とは別物です。
教養を身につけた人間は、
知識階級よりも職人や百姓のうちに多く見いだされる。

by.福田恒存.1912.8.25生[東京/劇作家]


(解説:Wikipedia

 

「教育」とは、教え育てることであり、ある人間を望ましい状態にさせるために、こころとからだの両面に、意図的に働きかけることである。(Wikipediaより)

「教養」とは、個人の人格に結びついた知識や行いのこと。これに関連した学問や芸術、および精神修養などの教育、文化的諸活動を含める場合もある。(Wikipediaより)

 

辞書の意味で考えると、・・・なので、

簡潔に考えてみたいと思います。

 

「教育」とは、「知識」「基本的」「事例派」「受動的」

「教養」とは、「見識」「応用的」「体験派」「能動的」

こんなイメージでしょう。

 

「教養を身につける」とは言っても、「教育を身につける」とは言い難い。

「教養のある人」とは言っても、「教育のある人」とは言い難い。

「教育熱心」とは言っても、「教養熱心」とは言い難い。

「教育環境が整っている」とは言っても、「教養環境が…」とは言い難い。

 

「教育」と「教養」の違いということを考えると、

学歴はさほど問題ないように思えます。

というのは事実のようで、ある調査結果で

高卒と大卒の生涯年収には、それほど開きがないと言われています。

(※参考記事はコチラ

 

 

さて本題です。

 

「私、学歴ないから」・・・と、行動しない人がいます。

 

学歴を理由にする必要がどこにあるのでしょう?

学歴とは、卒業したかどうかの話しであって、

知識を得る為に何をしたのか・・・とは無関係です。

学歴は、皆が備えている一つの基準であって、

学歴と教養はつながりがありません。

 

私が、進学か就職かを悩んでいるある高校生の面談をした時、

「大学行く目的がないなら、働いた方がいい」と言います。

何故なら、高い授業料を親から払ってもらい、

大した学びもなくただ社会に出るより、やりたいシゴトについて、

4年間社会で経験を積んだ方が余程ためになるからです。

そして、シゴトで必要だと感じた時、

大学に行くなり、専門学校に行くなりすればいいと伝えます。

通信教育という手段もあります。

進学か就職かではなく、人生のプロセスの一つとして

どんな手段があるのかを考え、選択すれば良いのです。

(脱線しました)

 

大人になって必要なことは、教養です。

知識を得て、経験をし、検証し、さらに学ぶ・・・

その繰り返しの中で、知識が見識になり、さらには

見識が膽識(実践的な実践力・行動力)になるのです。

 

しかし、知識がない分、見識も甘い。

だから、言い訳しながら行動できないパターンが多いのだと思います。

 

成長するためのプロセスは、常にそこになるのです。

 

 

  

 

 

 

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