「社会」というものの本体は人間であり、
社会学は「人間学」であるのです。

by.見田宗介氏.1937.8.24生[東京・社会学者]


(解説:Wikipediaより)

 

経済にしても、

歴史にしても、

社会にしても、

市場にしても、

相場にしても、

教育にしても、

ビジネスにしても、

 

全ては人間の

言葉であり、

行動であり、

意思であり、

思惑であり、

偏見であり、

計画であり、

夢想であり、

努力であり、

結果なのです。

 

社会とは、人間の活動の範囲内です。

生活に関わる労働、消費、生産、再生、利用、処分、廃棄等により

常に関わっているわけです。

 

例えば、お店で120円の紙パックの野菜ジュースを買ったとします。

野菜ジュースのイメージ図

野菜ジュースのイメージ図

 

私と店員・・・という関係だけではなく、

その紙パックの野菜ジュースに関わる人たち・・・

野菜を作る農家の人、野菜ジュースを作る工場の人、

野菜ジュースを発案・研究・開発した人、

野菜ジュースが売れるかどうかをマーケティングした人、

紙パックを作る工場の人、デザインを考えた人、

製品を保管する倉庫の人、原料や製品を運ぶ運送の人、

お店に置いてもらう為に働く営業の人、

宣伝広告するための広告会社の人、

看板があるなら看板屋、テレビCMするならテレビ局の人、

タレントを使ったCMならそのタレントとマネージャー、

そしてお店の置くことを決めた責任者、そして店員さん・・・

120円の紙パックの野菜ジュースに関わる人は数多くいます。

さらに飲んだ後のゴミを回収する人、

リサイクルするものならリサイクルする人・・・

 

私にとって、たった120円の商品かもしれません。

それでも、その120円から多くの働く人の給料になったり、

活動費になったりしているわけです。

 

社会と私とは、生きている以上大きなつながりがあって、

その社会とは人間の集合体、あるいはネットワークだということです。

 

それを理解すれば、

実は社会にいることを愉しむ事ことができる、

そう思えば、自分が何をすればよいのかも

ボンヤリからハッキリとしてくることも稀にあります。

 

なぜ、稀なのか?・・・

それは、人間が面倒くさがり屋だからなのです。

 

ですから、「人間学」を学ぶ必要もあるんだと思います。

 

  

 

 

 

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