LinkedIn にシェア
LINEで送る
[`evernote` not found]

 

人間は一人一人がみな質的に異なった存在であり、
したがって
比較不可能・序列不可能だと私は考えている。
その不可能なこと
つまり序列化を無理矢理行おうとするやり方を、
私は『序列主義』と名づけて、
反対しているのである。

by.遠山 啓(ひらく)氏.1909.8.21生
[熊本・日本の数学者]


(解説:Wikipediaより)

 

皆、違う。

 

名前が違う。

親が違う。

家族が違う。

育ちが違う。

環境が違う。

歩く距離が違う。

考え方が違う。

好き嫌いも違う。

得意不得意も違う。

顔も違う。

身体も違う。

脳も違う。

心臓も違う。

性格も違う。

コトバも違う。

100%の力も違う。

 

でも、人は序列が好き(?)です。

他人の作った序列システムによって

順位を決めたがります。

 

スポーツのような競技でなくても、

人は他人を気にし、比較し、その関係において

上下関係を無意識的にも設定します。

 

ピラミッド型の組織が多いのも仕方がありません。

友人関係でも、近所付き合いでも、

家族の中でも、上下関係の序列がつけられます。

 

アドラー心理学においては、

この上下関係がある限り、人は幸福になれないとしています。

上下関係において、悩みが尽きないからです。

 

 

しかし、その反面、

過度な協調性重視、既成的な組織概念によって

皆同じように見えるパラダイムにも陥っています。

kita

 

「皆、一緒だよ」

「それが常識」

「それが日本の伝統」

「〜べきだ」

 

序列主義の社会でありながらも、

広義的平等主義、協調主義を示すのです。

 

 

なぜあなたは、他人と比較するのでしょうか?

あなたがあの人になれないように、

あの人もあなたにはなれません。

 

 

あの人のようになりたくて近づいて、

同じ位置に来たなぁ〜と思ったら、

今度はどっちが上か下かを分析するのです。

それも、一部の要素だけをもって・・・。

 

「個性を引き出せ」「強調しろ」といいますが、

個性を出し過ぎると、嫌厭されたり、

「あの人、変わってるよね」と言われ、

場合によっては、村八分にされたりします。

 

結局、引き出させる個性は、

皆が求めている個性であり、

そこには、序列主義的視点が存在するために、

時には、偽の個性で補ったりしているのです。

 

序列主義も平等・協調主義も必要な社会ですが、

そのバランスを大切です。

 

そのために「自覚」という客観的に自分を

分析する能力が必要なのでしょう。

 

皆、一緒ではありません。

あなたという存在は、あなただけのものです。

 

だから、

あなたを生かすも殺すも、あなた次第なのです。

 

 

 

ご購読頂き、ありがとうございます。

 

 

先頭へもどる

 

careerdesgine ご意見、ご質問などございましたら、お気軽にお問い合わせください。

お問い合わせフォーム

自己価値を向上させる「価値矯正プログラム」にてサポートしております