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「志向化」は心幹メンタルスキルの強化です。心幹とは心の中のコア(核)というべきもので、セルフ・リーダーシップを発揮する精神面の強さをアップさせていきます。アイデンティティ形成になる主たるもので、価値観・使命・目的などを明瞭にし、それらを実現するために主体的かつ自律的活動のファクターになります。

 

自己を成長させることで、楽しき人生を満喫できるように、「成長プロセス5S」を推奨します。

5Sの前半3Sについては、次の3つ。

(1)− 整理清算化   (2)− 志向化   (3)− 修得化

growth成長プロセス3S概要

 

前回の「整理・清算」に引き続き、「志向化」について解説します。

 

志向化

 

何によって憶えられたいのか?』に答え得るアイデンティティの形成に関与します。

バランスの良い全人的なパフォーマンスのできる

自立性のある人間(社会人)となるために、

一貫性のある司令塔(リーダー)である必要があります。

脳の奴隷になるな。脳の支配者になれ。」の如くです。

感情の奴隷となった知能──これが情熱による愚行の公式である。

(ホルスト・ガイヤー/ドイツの人類遺伝学者)

感情のままに左右される人間は、自分自身の主人ではなく、偶然の力に支配される。

(バールーフ・デ・スピノザ/オランダの神学者)

 

「自分の人生の主人公は自分である」ためには、

自分なりのルール・原則を持たなければなりません。

それが心幹となります。

心の中の核(コア)であり、人生という舞台の監督であり、

全ての活動のリーダー的存在です。

 

『何によって憶えられたいのか?』を「人生の目的」とした場合に、

その実現のための全ての活動は「目的」達成のための活動でなければなりません。

もしその目的が曖昧であるなら、活動自体もそれによる結果も

曖昧なものになってしまうからです。

 

「目的は何か?」「ビジョンは何か?」「目標や夢は何か?」

「なぜそれを行なうのか?」「どんな使命があるのか?」・・・

そのようなことを明瞭かつ実現可能にする意思決定(決断)基準が、

ここでの「志向化」に該当します。

 

「目的」や「使命」の達成というものが「自己実現」であるとして、

私たち人間が一人で生きていけないことを踏まえれば、

常に「自己実現」は個人の内々ではなく、社会の中の「自己実現」であるべきです。

外部・他者が関与しているわけですから、それらに対し、

真摯さ、誠実さというものがなくてはなりません。

真摯さ、誠実さを否定する意味はどこにもありません。

ですから、「目的」や「使命」も真摯さ、誠実さが必要であり、

他者との共生・共存が「自己実現」を達成するための近道であることを

忘れてはならないということです。

 

今回の「志向化」は、

心幹・信念・目的・情熱・価値観・心理・思想・論理・哲学などが重要になります。

 

これらは、全て個人一人一人で違います。

世の中に思想・宗教が数多くあるように、

どれが正しくまたは正しくないのか、この判断も人様々です。

ですが、他者や外部環境に簡単に左右されないためにも、

自己の「オリジナル・フレーム」を作りあげることがポイントになります。

そこには自らの「信念」が必要であることも事実です。

 

「人は弱い生き物である」と言われています。

逆を返せば、「強い生き物」にも成り得るということです。

それに必要なファクターが

「信念・目的」であり「価値観」であり「情熱」なのです。

これらが強固なものになることで、決断も早くなり、

主体的かつ自律的な活動に反映します。

「強い人間」になるために、「志向化」で自己を研磨していきましょう。

 

価値観や信念など

 

「選択と決断」を行なうにあたっては、必ずそこに基準があります。

日々行なわれている「選択と決断」の行為のための基準がどこにあるのか?

ということを考える時間が必要です。

その「選択と決断」の基準になるものが、「価値観」です。

価値観」が分からない人は「自分のルール・拘り」でもいいでしょう。

「選択と決断」を行なう際に、自分に合っているか、適しているか、

楽なのか、便利なのか、メリットがあるのか、欲しいのか、必要なのか・・・

などを判断する境界線であり、フレーム内であればOK、フレーム外であればNG、と

判断できるのは、この「価値観」「ルール」があってのことです。

ですから、「決断できない人」「優柔不断の人」などは、

その「価値観」「ルール」が曖昧であると言えます。

このような方は、「選択と決断」を他者に依存し、

それに準じて行動することが増えてきます。(一人では何も決められないパターンです。)

 

ただ、優柔不断の人であっても、

人を騙さない、悪口は絶対言わない、遅刻しない、ポイ捨てはしない、

ゴミを見つけたら拾って捨てる、両親を敬う・・・などが意識にあるのでしたら、

それが自分自身の「価値観」や「ルール」になります。

 

逆に、決断力がある人でも、

持っている「価値観」や「ルール」のレベルが低いと、

知らない人を騙すことは平気(だが人から騙されると激怒する)、

陰口や悪口を言うのは平気(だが自分が言われているとショック)、

遅刻は平気(だが遅刻されると無視する)、

タバコや空き缶のポイ捨ては平気(だが自分の部屋や車の中は奇麗にする)・・・

みたいなことが起きてしまいます。

 

この「価値観」は、どのようにして持つことができるのか・・・

2つの方法があります。

1つは、日々の生活の中で無意識に育ってしまうもの。

もう一つは、衝撃的な体験によるものです。

前者は、生活習慣の中で「価値観」が植え付けられていきます。

「今日から、こういう価値観でいこう」と決意しても、

行動が伴っていない場合はその「価値観」は育ちません。

例えば、毎日100円小遣いを渡す家の子供と

お手伝いをしたら駄賃100円を渡す家の子供の、

お金(100円)に対する「価値観」は違います。

食事後毎回歯みがきをする人と就寝前のみ歯みがきする人の

歯に対する「価値観」は違います。

 

「価値観」は、普段の環境、思考、活動などに準じているものになります。

そしてその「価値観」をもとに行動しますから、

その「価値観」はその人にとって「当たり前、普通」になるのです。

 

後者の衝撃的な体験というのは、

例えば、

ある人との劇的な出会いによって、考えが変わった!・・・

ある体験で信じていないものを信じるようになった!・・・

事故・事件に巻き込まれて怖い思いをして変わった!・・・

という場合がそうです。

 

1995年と2011年の大震災、サリン事件、福島原発の事故などは、

庶民に与える「価値観の転換」の機会になったことは言うまでもありません。

結婚や家族の不幸、突然の解雇でも「価値観の転換」が生じる人もいるでしょう。

ですから、「価値観」をフレームと考えてみた場合、

一生同じフレームである必要はなく、知識や体験、思想などの変化で

フレームを変えることはできます。

それによって変形したり、拡張したり、進化したりするのです。

 

「価値観」は一般的に一つだけではありませんから、

「価値観の転換」は一部であると言えるでしょう。

「価値観」の一つが変わるにしても、常に「主体性」があってのこと。

他者の影響を受けるにしても、選択は自分で必ず行ないます。

他者が選んだフレームで人生を送るわけではありません。

自分自身の人生ですから。

 

「良い価値観」は「良い選択」となり「良い決断」となり

「良い行動」になると言えるはずです。

 

そして、「選択と決断」の基準になるものは、「信念や目的」「情熱」なども関わってきます。

自身の心の中で「何をやりたいのか?」「何を目指すのか?」

「なぜそれをやりたいのか?」「本当にそれをやりたいのか?」なども基準になり、

それに適さない「選択と決断」はしないことです。

 

あやふやな状態で何事かに取り組んでも、時間の無駄になる可能性があります。

他者が絡む場合は、迷惑をかけることさえもあります。

「今回はこれに向かって進む!」という強い「信念」と「情熱」が必要です。

「情熱」・・・ようは「やる気、本気」度合いの最高度です。

感情的な表現にすると「ワクワク・ドキドキ」でしょう。

そんな思いで取り組むことが、主体性のある「選択と決断」に繋がります。

 

他のプロセスである「整理清算化」「修得化」においても、

この「価値観」「信念」などが明瞭であることで、

随時インプットされる知識・情報などの「整理・清算」

あるいはアウトプットするための「活動」が、効率よく行なうことができます。

その境界線が、フレームということですね。

 

この「価値観」「信念」「目的」「使命」などは、一貫性たるものです。

「価値観」と「目的」が矛盾しているとなると、結果にも影響が出るでしょう。

協力者がいなくなる可能性も生じます。

「価値観」や「信念」などは、自分だけのものではなく、一人一人がもっています。

ですから、「私は私」「あなたはあなた」という時もあるでしょうが、

他者の「価値観」などを理解する寛容性も必要です。

他者の意見を聞かない、受け入れない、という姿勢ではなく、

そこは自らの「信念」「価値観」をベースとして一旦受容することです。

相手のご機嫌取りのために、「信念」を曲げてはいけません。

相手に対して説明できるなら、しっかりと説明するということ。(説得ではない。)

そのためにも、知識や知恵が必要になります。

 

それが、次回の「修得化」につながるのです。

 

<<(1)成長プロセス5Sの「整理清算化」

(3)成長プロセス5Sの「修得化」>>

 

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